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19日、雪の降る夕方に、ペロリンを廃用牛として出しました。
![]() ペロリンは、もう8産していて、起き上がる時にいつもかなり苦労していて、乳質も悪く、今年の終牧時に、出そうと決めていた牛です。 就農する前から搾っている牛で、10年間働いてくれました。 19日から降り続いた雪に、うんざりしていましたが、今日は少し溶け、きっとあと数日で溶けてなくなるだろうと思っています。 下の写真は、20日の夕方撮ったものです。 ![]()
12日出産予定だったパンプス。
ちょうどその日に、お産が近そうだったので、夜中に起きて見に行くと、仔牛の足が出ていました。 それから、30分ほどで、無事出産。 大きなオスでした。 ![]() 親牛は、放牧すると、汚れて帰ってくる上に、乳量も少なくなるので、もう舎飼いにしようかと話しています。 草地にロールの牧草を置くことができたらいいのですが、ロールにした草に余裕がなく、少しでも無駄にしたくないのです。 育成の放牧地を広げ、今まで親牛の放牧地だった一番高いところまで、育成牛が行くことができるようにしました。 育成牛5頭は、広くなったのがうれしいようで、暗くなっても、育成舎に戻ってきません。 ![]()
夜までストーブのいらない暖かい日が続いています。
夫は、10月末から、天気を見ながら、牧草地に堆肥を撒く仕事をしています。 今年はマニュアスプレッターという機械を中古で購入したので、今までより早くたくさん撒くことができると、夫は言っています。 ![]() ![]() 今日は放牧地に播いて、今年の堆肥撒きは終了したようです。 その近くで、牛達がもうほとんどなくなった草を食べていました。 ![]() こんな放牧風景が見られるのも、本当にあとわずかになりました。
昨日、初雪が降りました。
今頃の初雪って、すぐ溶けるものだと思っていたら、夕方にはこんな状態に。 ![]() ![]() 放牧していた牛達も、早い時間に門に集まり、ちょっとかわいそうな感じでした。 ![]() そして、今朝起きると、あたりはさらに真っ白。 今日は、放牧をせずに、牛は牛舎の中です。 雪は午後も降り続けています。
22日で、夜間放牧を終了し、25日には初霜が降りました。
日中の放牧も、あとわずかの期間となりました。 ![]() 26日から2泊3日で、大阪からお客さんが3人来てくれて、今の放牧風景を見てもらうことができました。 ![]() とても楽しい3日間でした。 牛乳や地元の野菜を使った料理を喜んでいただき、うれしかったです。 下の写真は、牛が水を飲む水槽です。 ![]() ホタテの養殖に使っていた水槽をいただいたので、冬にパドックで使用することを考えて、夫が設置したのです。 次男は、水の中が外から見えるから、牛の水飲み場にはもったいない、この中で魚を飼いたい、と言っていましたが・・・。
部落で不幸があり、一昨日と昨日は、葬儀のお手伝いに行きました。
一昨日、お手伝いの途中で、夕方の牛舎仕事をするために帰ってきたら、夫が先に帰って、牛に食べさせる牧草のラップフィルムをあけながら、声をかけてきました。 「悲しい知らせがある」と。 私は、収穫してラップしていた牧草にカビがはえていたのだと思って聞いたら、次男のクラスでインフルエンザの感染者が増えて、学級閉鎖になったとのこと。 その日次男が帰ってくることになったのをわざと「悲しい知らせ」と言ったのです。 次男の学校では、学祭が中止になり、学祭の代休になるはずだった27日まで休みになり、まる一週間家にいることになりました。 朝晩かなり寒くなり、薪ストーブを使いたいと思いながら、まだ使えずにいます。 外の煙突にスズメが巣を作っていて、降ろして掃除をしましたが、古い煙突だったので、新しいものと取り替えることにしました。 夫が新しい煙突を取り付けているところです。 ![]() その後雨が降り出し、作業は中断してしまいました。 明日は薪ストーブを使えるかな。 帰ってきた次男に、寒い思いはさせたくないのです。 ![]() 昨日の夕方、夫が撮った写真です。 実は、昨日は、こんな風景を見ても、気分が晴れない状態でした。 前日に、自分が情けなくなるショックな出来事があったのです。 恥ずかしいのですが、書いておきます。 インフルエンザに診断されてから、一週間は家にいると思っていた次男が、薬を飲み終わった日(14日)に寮に戻ると言い、15日からの出校許可書を主治医にもらうため、13日に病院に連れて行ったのです。 医者はあっさり書いてくれ、病院からの帰り道、少し寄るところもあって、仕事の時間を気にしながら、車を走らせていました。 その翌日には寮に戻ってしまうということで、次男と話をしながら運転していたら、交番の前で車を止められてしまったのです。 スピード違反で罰金を払わなければいけないことが、ショックでした。 私の免許証で住所を確認した警官に「地元の人ですよね。ここでやってること、知らなかったのですか?」と言われました。 もちろん知っていました。 今までずっと気をつけていたのに、制限速度50キロのところ、67キロ出ていたようです。 交番の中に入って説明を受けているときは、とっても恥ずかしかったです。 おまけに、そこにいた警官は、次男の同級生のお父さんでした。
昨日また夫と二人で、放牧地横の山ブドウとコクワをとりました。
![]() コクワは、キーウィのような味がする木の実です。 少しそのまま食べたあと、ジャムにしました。 以前知り合いに教えてもらって作り方は、実を搾ったり、こして種を取ったりする上品なものでしたが、夫がもっと簡単な作り方があるだろうと、インターネットで調べてくれました。 それを応用して、皮も種も取らずに、電子レンジで作りました。 ブレザーブ(果実の形を残したもの)タイプです。 手作りヨーグルトにかけて、食べようと思います。 昨年の春に子どもたちと一緒に植菌したなめこが出てきました。 ![]() 植菌一年半後に、このように出てくるのが、とっても不思議です。 みそ汁で食べましたが、お店で買うものとは違う食感で、おいしかったです。 これから出てくるものもありそうなので、しばらく毎日観察しながら、おいしそうな時に収穫していこうと思います。
今週の初めに、次男と電話で話し、「連休に栗ご飯を食べに帰っておいでよ」と言うと、「10月は、予定がいろいろあるから、帰らない」という返事でした。
ところが水曜日に、寮でインフルエンザにかかった学生が複数出て、閉寮になって、帰ってきたのです。 バカな私は、正直なところ、思わぬ帰省がちょっとうれしくて、5日間の食事、何を作って食べさせようか、栗や山ブドウを一緒に採れるなどと考えていました。 しかし、帰宅した夜から「感染しているかも」ということで、昨日は昼まで寝て、昼に熱を測ると38度以上あり、病院に連れて行きました。 すぐ検査をしても反応がでないということで、薬だけもらって帰り、昨夜はその解熱剤を飲んだにもかかわらず、39度以上の熱。 今日病院に行って検査をすると、インフルエンザでした。 長男が高校生でインフルエンザにかかったときは、下宿にいて、私は何もしてやれなかったのですが、今はおかゆを作ったり、リンゴをすり下ろしてやったりしています。 先月半分を入れ替えたニワトリたち。 下の写真は、以前からいるニワトリ。 ![]() 次は、先月入れたニワトリです。 ![]() まだ以前からいるニワトリに近づくといじめられ、離れています。 ニワトリたちの環境が変わって、しばらく3日に1個くらいしか玉子がなかったのですが、最近やっと1日1個くらい産んでいるようになり、次男に食べさせることができます。 ![]() 今年は、栗の実が多くなり、もう次々地面に落ちています。 虫食いも少なく、たくさん収穫できています。 ![]() 昨日一日で、この倍ぐらい採れました。 今日も拾います。 栗ご飯と渋皮煮を作ろうと思っています。 栗は皮むきが大変ですが、一ヶ月ぐらい冷蔵庫に入れておいた方が味がよくなると聞いたので、あせらずゆっくりやるつもりです。
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by fuji2213 カテゴリ
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